「…んじゃ、大人しくなってくれたし

「…んじゃ、大人しくなってくれたし、行こうぜ?」崩れる紫音のダラリと垂れている腕を掴んで、男が残る三人に声をかける。やりとりを呆然と眺めていた男たちはハッと我に返り、刀を納めた。「久坂先生っお怪我は!?」「尻が痛ぇくらいだな」全く歯の立つ相手ではなかったのに…。久坂と呼ばれた男のあっけらかんとした物言いに、男たちは畏怖する。久坂はニッと口角を上げると、紫音を肩に担いだ。…その時だ。三人のうち、一人の首がいきなり落ちた。「…は?」驚き、間抜けな声を出した男がそのまま崩れ落ちる。久坂は面白いと言わんばかりの表情を見せると、再びピストルを手にした。「見つかっちったか」「貴様ぁ~…!!紫音さんを放せ!!」刀を向け、叫んだのは、會計審計 羽織りを着た沖田だった。久坂は紫音を下ろし、ピストルをしまうと、腰の刀を抜いた。私には抜かなかったくせに…痛みと疲労でおぼろげな意識の中で、紫音はそう思った。「新撰組一番隊組長、沖田総司!いざ参る!!」「あんたが沖田かぁ。…いぃぜぇ、来なよ!!」二人の男は真剣をぶつけ合う。残された男は、ぐったりした紫音をズルズルと引っ張り、その場から離れようとした「紫音!?」そこへ、追いかけてきた原田が現れる。どうみてもぐったりと力無い紫音の姿を見て、彼は切れた。ズルズルと引きずっていた最後の男を力の限りぶった斬る。断末魔の声一つ上げさせてもらえず、男は体を二つに分けて倒れた。返り血をぐいと拭い、原田は紫音を抱き上げる。生きてる事だけ確認すると、沖田の方を見遣った。「総司!!」「…あれ、形勢逆転みたいだな」我を忘れて剣を振るう沖田と逆に、久坂は原田、山崎の気配に気付き、困ったように笑う。足元の酒の染みた土に足を踏み入れ、それを沖田に向かって蹴り上げた。「ちぃっ!」泥と化した土が顔にかかり、怯んだ瞬間を見逃さない。久坂はひらりと沖田から距離を取った。「次は必ず潰してやるよ!」「逃がすか!」「おっと。そこの姉ちゃん、急がねぇと死んじまうぜ?」感情に支配された沖田の大振りを避けるのは久坂にとってはたやすい。更に気になる事を言えば、沖田は思い通り後ろを振り返り、紫音の姿を確認した。その隙に久坂は逃げる。気付いて追いかけようと殺気をみなぎらせる沖田を、原田が止めた。「総司!あいつの言う通りだ!!」「…あ…ぁ…紫音さん…」原田の腕に抱かれて、ぐったりする紫音の姿を見て、沖田は真っ青な顔をして駆け寄る。朦朧とした意識の中で、沖田の姿を確認すると、紫音は血まみれの手を伸ばして沖田の羽織りを握りしめた。「お…きたさん…私の刀…知りませんか…?」「すいません…っすいません…っ」沖田は自分の袴を握りしめて、謝った。見ていられない。血に染まった貴女を…見ていられない。「…あるんです…ね?」紫音の言葉に、沖田は何度も何度も頷いた。「良かった…」うっすらと安堵の笑みを見せて、紫音の意識は落ちていった。気を失った紫音を死んでしまったのかと勘違いした原田が泣きながら体を揺さぶる。すると、男に撒(ま)かれ、戻ってきた山崎がそれを諌(いさ)めた。

他人の私が聞いても不快な気持ちになったくらいだ

他人の私が聞いても不快な気持ちになったくらいだ。本人なら、尚更嫌な気持ちになったに違いない。「あんなに恨まれると、逆に清々しいよ。まぁ、嫌われても仕方ないけど」「……あの子に恨まれるようなこと、したの?」「彼女のプライドをへし折るようなことを言っただけだよ。興味がない子には、興味がないってハッキリ言わないと失礼だしね」久我さんなら、冷酷な言葉を難なく浴びせることが出来そうだ。「そんなことより、僕は嬉しかったな」「何が?」「君が、僕を庇ってくれたから」そう言われ、急に恥ずかしくなり私は顔を手で隠した。私の発言も、全て聞かれていたということだ。股票佣金、庇ったわけじゃないの。ただ、聞いててムカついたから言い返しただけ」「君のそういう所、好きだよ」「……からかわないで」余計に、顔が赤くなる。さっき久我さんの顔を見た瞬間、もの凄くホッとした。心が自然と安らいでいくのを感じた。あぁ、私、この人に恋をしているんだ。ギリギリまで認めたくなかったけれど、そう確信してしまったのだ。「とりあえず、早く店に行きましょ」「いや、あと五分後に行こう」「どうして?」「君のその表情、近藤には見せたくないから」「……」「ちょっと仕事の電話してくるから、待ってて」久我さんはふっと笑い、私の頭に軽く触れた後、少し離れた所で仕事の電話をし始めた。そんな彼の一挙一動を、私は目で追いかける。仕事の話をしているときの、真剣な表情。私をからかうときの、意地悪な笑顔。私の髪に触れる、長くて綺麗な指。整えられた爪、長い睫毛、首にあるほくろ。細かな部分まで、観察したくなってしまう。好きな人のことは、何でも知りたくなる。そんな独占欲が強い私が、本当に彼を好きになってもいいのだろうか。「どうかした?」電話を終え戻ってきた久我さんは、少し心配そうな表情を浮かべていた。「え、あ……ううん、何でもない。もう落ち着いたから、行こ」赤くなった顔は、多分普通の状態に戻ったと思う。でも心の中は、恋を自覚した瞬間からずっと騒がしい。近藤さんの店に来るのは、これで何度目だろう。扉を押し店内に入ると、いつもと同じカウンター席が空いていた。「いらっしゃいませ。久我、そこの席空けておいたよ」「ありがとう」「蘭ちゃんも、久し振り。いつも一人で来てくれるの期待してるんだけど、結局来てくれないよね」「蘭ちゃんって……」急に近藤さんから下の名前で呼ばれて驚いたけれど、客商売の彼はこうして他人との距離を縮めていくのだろう。普段から蘭ちゃんなんて呼ばれることは滅多にないけれど、そこまで違和感はなかった。「近藤、馴れ馴れしい」「あぁ、ごめん。でも、久我の方が堅いんじゃない?桜崎さん、より、蘭ちゃんの方が呼びやすいだろ」営業スマイルで喋る近藤さんを久我さんが睨みつけると、その話は終わり近藤さんはカクテルを作るために私たちから離れた。二人の間に流れる沈黙の時間。何か話しかけようと思いながらも、どことなく不機嫌な久我さんに何を話せばいいのか迷った。すると、彼の方から口を開いた。「やっぱり、店変えようか」「え……私は変えなくていいけど。近藤さんが作るカクテル、美味しいし」「……そう」久我さんはギムレット、私はマティーニを注文した。この日は前回よりも客が入っていて、店内はほぼ満席の状態だった。それでも、騒がしい客は一人もいないため、優雅な時間を過ごすことが出来そうで安堵した。「さっきの話だけど、君は苗字で呼ばれるのと下の名前で呼ばれるの、どっちがいい?」「え?」