モルフィネスという男

モルフィネスという男、今まで人から叱られた事などほとんど無く、バンケルクの言いざまに内心大いに不満を感じていた。しかし、この男は自分より身分の上の人間に逆らう事が、どれほど損になるか良く知っているようで、努めて殊勝な顔付きをして、バンケルクの悪罵に耐えていた。「全て私の浅はかな判断ミスでした。まことにお詫びの次第もありません。」モルフィネスは憤りを胸にしまって、浅はかさではあんたの方が上なんだがねと心で嘲りながら、詫びを言った。「ふむ。・・・まあ、公司秘書れまでの功績に免じて、これ以上は言うまい。で、この後はどうするつもりだ。」「どうする・・・とは?」「ハンベエの始末だ。まさか、あのような男をこのままにしておくわけには行くまいが。」バンケルクはハンベエという名を出すのも腹立たしいと言わんばかりである。「今のところ、ハンベエを葬る妙案は思いつきません。ハンベエを倒せる者を探してはいますが。」「何を悠長な事を、他の連隊を動かして第5連隊ごと押し潰してしまえば良いだけであろうが。」「それはお勧め出来ませんね。もし、大規模な攻撃を掛ければ、第5連隊は駐屯地中に火を放つ準備をしているようです。」「火を・・・駐屯地を火の海にするつもりなのか?」「火矢の準備をした部隊を交替で配置しているようですね。直ぐにでも駐屯地に火を掛けれるように。」「おのれ・・・そのような卑劣な手を。どこまでも不埒極まりない蛆虫が・・・」バンケルクは、自分が第5連隊になした事など棚上げにして、歯軋りした。モルフィネスは、一貫してあらわにされているバンケルクのハンベエに対する憎悪の感情を些か奇異に感じた。とは言っても、その違和感を深く考えてはみなかった。モルフィネスこそ、今回、ハンベエに厭というほどの煮え湯を飲まされ、おまけに赤っ恥まで掻かされた身の上、ハンベエへの憎悪はバンケルクに尚勝っていた。だがしかし、腹中に深く憎悪を宿しながらも、モルフィネスは冷徹な無表情を装っていた。冷徹で計算力に富んだ策謀家というのが、身上らしい。痩せ我慢のポーズにも見えるが、整った容姿で誤魔化していた。「今、何よりも重要な事はゲッソリナの行政府にこのタゴロロームに口出しするきっかけを与えない事でしょう。私とハンベエの一件については、箝口令を布きましょう。押さえつければ、ただの風説として話は萎むでしょう。」「そう上手く行くか? 何と言っても、第5連隊の死に損い以外にハンベエを英雄扱いする奴が出て来てはまずい。早く、ハンベエを始末する事が重要だぞ。あの虫酸の走る男をこれ以上増長させてはならん。」 はてさて、ハンベエも随分嫌われたものである。バンケルクの憎悪は一体何に由来するものであるのやら。参謀としてしてバンケルクに仕えているモルフィネスは、冷徹な己を持する事に努めながら、司令官の感情的な物言いに辟易する思いだった。(私なら、最初からハンベエをこちら側に取り込んでいたがなあ。仮に始末するにしてもその方が楽だったろうし・・・今となってはどうしようもないが。)モルフィネスは胸の内で吐き捨てた。ゴンザロから、モルフィネスとの一件が守備軍中に広まったという報告を受けたハンベエは、連隊長用の石の住居から外に出て『ヨシミツ』を抜いた。アルハインド族との戦いが始まってから、剣術の鍛練が途切れていたハンベエであった。久しぶりに素振りを行おうというのである。他の兵士がいない場所までわざわざ出向いた上で、鍛練を始めようとしていた。一人きりになりたかったようでもある。随分強くなったと己自身を思った。鍛練の度に強くなった、強くなったと自画自賛している事が多いとは幸せな男である。(いかんいかん、自惚れてはいかん。まだまだ修行中の身、師に叱られる。・・・だが、ちょっとは自惚れてもいいかな?)などと考えながら、剣を正眼に構えた。

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